前回述べたとおり、腐敗防止法の違反を犯した場合、当該違反者たる法人のみならず、親会社・子会社にもその責任が及ぶ。それを図で示すと以下のとおりである。
I – ブラジル腐敗防止法・責任主体の範囲(同法4条2項)
Xが腐敗防止法違反を犯した場合、上記図にいう「Sis」を除く全ての法人に責任が及ぶ可能性がある。なお、ここでいうコンソーシアムとは、もっぱら損益分配に関する定めを有する契約関係(JVや組合等)を指している。
II – 上記を踏まえて、具体的な問題意識を探る
(1) 仮想事案とその問題意識
- 当事者
- ブラジル企業(X)との間で、JVを組成しようとしている日本企業(PA1)がある。PA1は、米州統括会社(PA2)を米国に設立しており、その100%子会社として、ブラジル統括企業(A)をブラジル国内に設立している。
- ブラジル企業(X)は旧ブラジル財閥系同族企業(P1)の一部であり、P1は事業ごとにP2、更にはその下に子会社を設立し、業務・人事関連を整理しており、Xは、(とある製品を製造・販売する)α事業を主に展開しており、α事業では、ブラジル国内ではトップとは言えないまでも、非常に強いブランド力と販売網を有している。
- 案件の背景
- 日本企業(PA1)グループは、日本国内のみならず欧米をはじめ世界各所でα事業を営んでいるものの、ブラジル国内では一切これに関する製造を行ったことが一切なく、日本国内で製造したα事業の製品を輸入・販売する代理店を通し、α事業に関与したことがある程度であった。もっとも、ブラジルの高い関税やブラジル市場の豊富な人口・購買力の強い中間層の増加にかんがみ、ブラジル国内での製造・販売にP2またはXの代表取締役との話し合いの結果、Xの100%買収ではなく、Xとの間にJVを組成し、当面の間はXが主軸となって、JV事業を進めていくM&A計画を作ろうということとなった。
- なお、余談になるが、この代理店の販売方式次第では(PA1グループにブラジル国内の売上が生じているとして)α事業に関する水平的結合として、ブラジル独禁法の届出義務が生じることもある。
- 当該M&A計画では、Xのα事業を事業譲渡の形で、JVに移し、そのJV株式の49%(議決権)をAが買収するということとなった。また、その後一定の条件を満たした場合は、Aが議決権ベースでJVの過半数以上または100%の議決権取得とするということも重要な条件であった。
- 問題
- 買収側である日本企業としては、Xのα事業に対し、デューデリジェンスを行うこととなったのだが、上記腐敗防止法の責任範囲にかんがみて、Xの他事業および親会社や子会社までデューデリジェンスを行うべきであろうか。
- デューデリジェンスを行うかは別論としても、JV契約や議決権買収に関する契約(Share Purchase Agreement / Quota Purchase Agreement)においていかなる手当てを行うのが適切であろうか。
(2) 考えられる対応方針
(予算と時間、当該事業や売主サイドの親子会社グループ内の関係等にかんがみて、)腐敗防止法違反リスクの確認のため、親法人等に関するデューデリジェンスが行えるのであるならば、行うべきであろう。無論、デューデリジェンスは警察等公権力の行使をもって行うものではないのだから、XおよびP1グループ売主側の協力が必要不可欠である。もっとも、この腐敗防止法は現在のところ施行されて間もない新しい法律であり、親法人が行った腐敗行為の結果子法人が責任を負った事例について大きなニュース報道になったこともない。したがって、売主側に真摯にリスクを伝え理解を訴えるとともに、出来る範囲での協力をお願いしていくことになるのであろう。
例えば、α事業が公的資金の補助を受けて行われるという場合には(腐敗防止法違反が発覚した場合には、当該補助が受けられなくなる可能性があるので)なおさら強い協力を求めていくのであろう。
また、JV契約での補償(Indemnification)条項の検討(なお、腐敗防止法の責任の時効は5年だが、起算点が発覚したときまたは行為が終了したとき(継続的な行為の場合)とされており、契約当初までに違反行為を知りえなかった場合には補償期間を5年としても足りないとされる可能性がある点は要注意)や、プット・コールオプション、JVに新たな加入者が入ってくる可能性にかんがみて、First Regusal Rightの設定の検討は欠かせないであろう。加えて、ブラジルでは比較的一般的なエスクローによる支払いによる場合であっても、その支払いタームを工夫する必要も出てくるだろう。