ブラジル – 民法改正(Limitadaにおける取締役解任方法の変更)

2019年法13792号(「本改正」)が2019年1月4日施行され、Limitadaにおける取締役の解任方法が変更された。

従前では、Limitadaにおける取締役の解任は、原則として、少なくとも持分の3分の2の賛成が必要とされており、現地ローカルパートナーとの比較的持分が均衡しているケース(51:49等)では、現地ローカルパートナーの取締役を排除できず、現地の事業がスタックするという悩みがよく見受けられた。

本改正により、定款に別段の定めがない限り、持分権者が取締役となっている場合において、持分の過半数の決議により、かかる取締役を排除することが可能となった。

ブラジル子会社のガバナンス運営に影響を与える本改正による具体的排斥事例はまだ見当たらないが、今後の運用が期待される改正であることには間違いないだろう。

 

ブラジル – 担保物権(基礎)

ブラジル担保法制・担保権(security interest)について触れてみる。ブラジルの不動産に関する担保には、抵当権(Hipoteca)や譲渡担保(Alienação Fiduciária)といったものが代表的なものとして挙げられるところ、これらについて触れてみるとする。

担保権に関する英語と日本語の訳をうまく使い分けることも難しい。例えば、M&Aの契約(株式譲渡契約)上の表明保証の文脈で、以下のような実例があるところ、どう訳すのが適切かどうかふんふん悩むというのが、私の経験上よくあった。

Seller is the lawful owner of all the Company’s Stock, free and clear of all security interests, liens, encumbrances, pledges or other charges.

(仮訳)売主は、いかなる担保権、リーエン、負担、質権またはその他の担保権の設定がない状態で、本件会社株式の全部の合法的所有者である。

と、仮訳をささっと書いてみたが、lienを「リーエン」と訳するのが適切なのか、日本法上「リーエン」も「負担」などという用語も存在せず、どちらかといえば先取特権等にした方がいいのではないか、いやはや、そもそも訳として成立していないのではないかや、chargesとsecurity interestsを同じ「担保権」と訳してしまっているのだがそれで問題ないかと悩みはつきない。

ということで、まずは英法における担保権について日本法と比較しながらごく簡単な説明を加えたうえで、ブラジル担保法制について触れていくこととしよう。

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ブラジル – M&A:EIRELI(一人会社)

以前EIRELI(Empresa Individual de Responsibilidade Limitada)について触れた(こちら)。このEIRELIにおいては、一人の個人がオーナーとなって、全ての持分を保有する形をすることが可能なのだが、監督庁(DERI)規則2013年第10号により、EIRELIは自然人のみが設立することができるとされており、法人による利用は不可とされていた。

しかし、上記規則はDERI規則2017年第38号により改正され、法人単独によるEIRELI設立も明文をもってようやく許されることになった(当該規則は、2017年5月2日施行)。

EIRELIというと、いわゆる個人事業主の法人成りの文脈で専ら利用されていたが(例えば、マンション個人オーナーの賃貸業等)、今後は企業の組織再編においても利用することが可能とされており、今後のブラジルにおける組織再編の選択肢の広がりを見せている。

(2018年7月30日追記)

日本企業においての使用例が発見されたので報告する。

  • 東証一部上場企業のオイレス工業株式会社が100%子会社としてEIRELIを設立している。資本金は11百万レアル(約3億5000万円)。設立日は2018年1月1日・営業開始は5月14日である。同社2018年5月10日付プレスリリースより。

 

ブラジル – M&A:民事再生・会社更生との兼ね合い・債権回収

ブラジルにおける事業再生手続としては、ブラジル倒産法(2005年2月9日法11101号)に規定されている。なお、事業再生というと債権回収といった後ろ向きの問題(守り)を思い浮かべることがあるかもしれないが、事業再生中の会社の買収といった前向き(攻め)にも対応できる問題である。ブラジルの経済が不況であるといったり、政局が不安定であるということで、後ろ向きな気持ちになりがちなところ、ここは攻めの姿勢を見せるべく、M&Aとの関連で事業再生について語っていければと思う。

I – 法令の目的と範囲

  • 目的
    • 経営不振事業の再建
    • 債権回収
  • 対象手続 *1
    • (1) 司法上または(2)司法外の再生手続
    • (3)清算型手続(破産手続)

*1  日本と異なり、ブラジルでは、一つの法律(ブラジル倒産法)で、民事再生手続・破産手続をカバーしている。

  • 範囲
    • 国有企業や官民合弁企業(ペトロブラス等)や金融機関は適用外(法第2条参照)

ブラジル法の適用傾向として、破産しても構わないような中小企業に再生手続が、破産困難な大企業に破産手続が適用される事例が多いと伺っている。

II – (1) 司法上(裁判上)の再生手続

  • 債務者のみにより申し立てられることが可能である。
  • (管財人による監督に服するものの)対象会社の経営陣が引き続きその地位にとどまる
  • 申立てがなされ、当該申立てに対する裁判所の許可が下りた段階で、原則として、債権の実行が180日間停止される(すなわち、債権者側としては回収ができなくなる)。
    • 例外としては、租税債権や、先物外国為替取引より生じる取引等が挙げられる。
  • 債務者提出による再生計画に関しては、これを実施するためには、原則として、4つの異なるクラスの債権者群からの承認がそれぞれ必要である。
  • 再生手続申立ての公表後、15日以内に債権者は債権の届出をしなければならず、日本と比べ非常に短期であるという点は要注意である。
  • 一般に、再生手続が開始されてから終了するまでには2年ほどかかるといわれている。

日本の民事再生手続との比較

  • 日本法上、民事再生手続は、(主として中小企業の再生に用いられることを想定している手続だが、個人であっても法人であっても、また大企業であっても利用できる手続であり、)原則として債務者が主体となって進めていく再建型手続である。
  • 担保権者は原則として手続に取り込まれておらず、手続外で担保権者との交渉が必要になるし、失権効も会社更生手続に比べると弱い(いわゆる「知れたる債権者」については失権しない)。
  • 計画内外での事業譲渡につき裁判所の代替許可を得ることにより株主総会の特別決議が不要(民事再生法第43条第1項・第8項)
  • 株式の取得につき裁判所の許可が必要(民事再生法第166条)

 

III – (2) 司法外の再生手続

  • いわゆるプレパック/プレパッケージ型(一定の手続を裁判所に申し立てる前に、スポンサー先や事業譲渡先が決まっている場合のこと)といわれる再生手続である。取引先の信用不安の軽減や事業価値の劣化の抑制が見込めるというメリットがあると言われている。
  • 上記司法上の再生手続と同様、租税債権等一定の債権については、適用がない。
  • 最大の特徴としては、債務者は、対象となる債権者を制限することができる点や、上記のような法律上の執行停止期間は設けられないということが挙げられる。
  • 再生計画については、各クラスの債権額の60%超の同意が必要とされる。

日本のプレパック/プレパッケージ型との比較

  • 日本の会社更生法では経営陣の退陣が前提であったことから実例は少なかったが、2008年末に裁判所が運用を変えたということから、このプレパック・プレパッケージ型の運用に期待がかかっている。
    • そもそも、会社更生法が大きな会社での運用、民事再生法が小さな会社や個人での運用というのが想定されていた。このところ、会社更生法では、上記のとおり旧経営陣の経営からの排除および裁判所の申立て受理要件のハードルの高さから使いやすいものではなかった。
      • 2000年4月に施行された民事再生法は、債務者企業の経営陣h亜原則として会社の経営権と財産の管理処分権を維持しつつ事業再生への取り組みを継続することを認めている。
      • DIP型会社更生手続の運用導入。2008年12月にNBL誌に「会社更生事件の最近の実情と今後の新たな展開」という当時東京地裁民事8部の裁判官(難波孝一氏)執筆による論文が大反響を起こしたものである。

IV – (3) 清算型手続(破産手続)

  • 債務者・債権者のいずれの申立てであっても可能
  • 破産決定により、一定のクローバック期間が設けられ、決定以後の債務者に対する強制執行手続等が禁止される。
    • クローバック期間に関して、追加で言及するならば、90日間の遡及というのが一つのメルクマールになっているので、債権者側としてはこれに注意されたい。クローバック・リスクとも言われ、管財人による債権回収行為の否認により回収金が取り戻されるリスクである。

日本での破産手続との比較

  • 債務者・債権者のいずれの申立によりであっても可能(破産法第18条第1項)
  • 否認権
    • 詐害行為の否認(第160条)
      • (1)破産者が破産債権者を害することを知ってした行為、(2)破産者が支払の停止または破産手続開始の申立があった後にした破産債権者を害する行為、(3)破産者が支払の停止等があったのちまたはその前6月以内にした無償行為およびこれと同視すべき有償行為を否認することができる
    • 偏頗(へんぱ)行為の否認(第162条)
      • (1)破産者が支払不能になった後または破産手続開始の申立があった後にした行為、破産者の義務に属せず、またはその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内になされたものについて、否認することができる。
      • したがって、本旨弁済等の偏頗行為については、原則として支払不能となったかどうかを基準として、それ以降のものが否認されることとなっている。
        • 例えば、旧法での運用だが、たとえ本旨弁済等であっても、否認権の行使が認められた例として、以下のものが挙げられる。
          • 第三者が破産会社の詐欺により詐取された金員の変換を請求し、破産会社がこの事実を認め利得の返還として同額の支払いをした場合においても、同支払が破産債権者を害する意図のものになされたときは、この支払いは否認しうる(最判昭和47年12月19日)
          • 借入金を特定債務の弁済に充てることにつき当該債権者、破産者、貸主間に合意があり、新規借入債務の態様が従前の債務より重くないという事情がある場合であっても、借入金による弁済は不当性を有し、否認しうる(大阪高判昭和61年2月20日)

ブラジル – M&A事例(新日鉄住金・ウジミナス)

ウジミナス(Usinas Siderúrgicas de Minas Gerais S.A.)は、ブラジル・ミナスジェライス州(サンパウロ州北部)にある(高炉メーカーと呼ばれる)鉄鋼メーカーである。ブラジル内鉄鋼メーカーでは、粗鋼(Crude Steel)生産第2位の規模を有する(2014年時点・年間600万トンほど)。2014年第1位はGerdau S.A.で1900万トンほど・第3位はCompanhia Siderúrgica Nacional (CSN)で540万トンほどである(そのほかに年間300万トンを超える規模の業者はブラジルにはいない)。(Worldsteel Associationによる)

1958年1月に日本とブラジルの合弁で設立されたこの会社(旧新日本製鉄の技術援助も含む)は、1962年に高炉創業を開始し、1991年に民営化。2016年現在はブラジルのほか、ニューヨーク・スペインの証券取引所に株式を上場している。

I – 取引の概要等時系列

2006年

  • 12月:新日鉄が日本ウジミナスの株式を追加取得し、子会社化し、その影響でウジミナスは新日鉄の持分法適用会社に

2011年

  • 11月27日:アルゼンチンのテルニウムが、ウジミナスに27.7%出資すると合意した旨発表
    • 計26%を出資するブラジル現地財閥のボトランチン(セメント大手)、カマルゴ・コレア(建設会社)の両グループの全株式を取得のほか、ウジミナス従業員の年金基金保有株の一部の買取
  • 11月28日:新日鉄も出資比率を1.7ポイント引き上げて、29.2%にすると発表
    • 当時、新日鉄とテルニウムは、メキシコ合弁事業を通じて協力関係にあった
      • 2013年8月には、メキシコで自動車用鋼板の合弁工場立ち上げ
    • なお、当時、CSNによるウジミナス買収が報道されていた(同社は2011年1月以降、段階的に議決権付株式11.7%・優先株20.1%を市場で取得していた)

2012年

  • 1月ころ:ウジミナスの経営にテルニウムが参画。株主間契約においては、新日鉄住金を含む日系側が46%・テルニウム側が43%・従業員年金基金保有が10%超を保有していた

2014年

  • 4月:役員改選時期だが、新日鉄・テルニウム間で人事につき、合意できず、エグレン氏が暫定CEO
  • 7月~9月:EYとデロイトの2社により、報酬問題に関する社外監査実施
  • 9月:パウロ・ペニード議長裁定でエグレン氏等3役員(いずれもテルニウム側役員)の解任を可決(役員審議会で、「不正な役員報酬の受領があった」として議論)
    • テルニウム側はこの解任に関し、仮処分を申請(のち棄却)
  • 10月:テルニウム、年金基金から10%超を取得し、筆頭株主に浮上。
  • 10月:上記解任された3役員が、パウロ・ペニード議長に対し、訴訟を提起

2015年

  • 4月6日:臨時株主総会
  • 5月5日:ミナスジェライス州裁判所は、解任を妥当とし、テルニウム側の訴えを退ける形で判決を下した

2016年

  • 3月12日:新日鉄が10億レアル(約300億円)の増資を最大で全額引き受ける旨発表

II – 今後と雑感

ブラジル経済の動向もあり、ウジミナスの収益状況は芳しくなく、テルニウムとの主導権争いはなかなかチキンレースといった状況のもようだ。上場会社でありながらも、株主間契約の実効性が幅広く認められるブラジルならではの、主要株主間の争いとして、非常に興味深い案件の一つである。

ブラジル – M&A事例(キリン・スキンカリオール)

2015年12月21日、キリンHDは、2015年12月期において、ブラジル子会社の暖簾代等1140億円を特別損失として計上すると発表した。これは、1949年の同社上場以来初の赤字ということで、現地ブラジルにいる日本人駐在員の心に、ブラジルでのビジネスの難しさを(更に)強く印象付けた。これ以降、安易なM&Aによる規模拡大が必ずしも良いものではないといった印象をよく聞くようになり、特に事業会社を中心に慎重論を耳にするようになった。

I – 経緯

キリンは2011年に約3000億円を当時、ブラジル大手のスキンカリオールを買収した。これは必ずしもキリンが考えていなかったシナリオであろう。

  • 2011年8月2日(キリンHDによる2011年8月2日付プレスリリースより)
    • キリンHDによるスキンカリオール(Schincariol Participações e Representações S.A.)の発行済株式総数の50.45%を買収
      • 具体的には、同株式を保有するアレアドリ社の発行済全株式を取得する株式契約を8月1日深夜開催の取締役会で決議し、同契約を翌日2日に締結
      • アレアドリ社の発行済株式のすべてを、同社の株式を保有するアレシャンドレ・スキンカリオール氏及びアドリアーノ・スキンカリオール氏(両氏がそれぞれ50%ずつ保有)から総額39.5億レアル(約1,988億円)で取得。株式取得完了は8月2日。なお、資金は手許現金及び外部借入。
        • 1レアル=50.35円(2011年8月1日当時の為替)
        • フィナンシャルアドバイザーは、シティグループ証券株式会社
    • 2011年11月11日時点の週間ダイヤモンドによる報道では、「スキンカリオールの連結売上高は、2010年12月期時点で1437億円、総資産は2247億円、連結EBITDA(税引き前利益に減価償却費、支払利息、税金を加えたもの)は256億円である。対してキリンが買収に投じた金額はEBITDAの13倍に達する。5~10倍が相場といわれるなかでは、『高い買い物』になった。」との評価
    • 2011年11月11日付Bloombergによる報道によれば、キリン側にTozzini Freire Advogados、アレアドリ社側にMattos Filho Veiga Filho Marrey Junior & Quiroga Advogadosがそれぞれリーガルカウンセルとして着いていたものと推察
  • 2011年8月4日
    • スキンカリオールの少数株主より、(先買権行使に関し)キリンHDによるアレアドリ社株式取得の差し止めを求める仮処分の申立てが提起され、サンパウロ州イトゥー市裁判所が、8月4日に当該仮処分を部分的に認める旨の決定を下す
    • 2011年11月11日付Bloombergによる報道によれば、この訴訟に関し、キリン側にTozzini Freire Advogados、アレアドリ社側にMattos Filho Veiga Filho Marrey Junior & Quiroga Advogados、少数株主側にTeixeira, Martins & Advogadosがそれぞれリーガルカウンセルとして着いていたものと推察
  • 2011年8月15日
    • キリンHDによる、上級審サンパウロ州裁判所への異議申立て
  • 2011年9月2日(キリンHDによる2011年9月16日付プレスリリースより)
    • 少数株主による本案訴訟の提起
  • 2011年10月11日(キリンHDによる2011年10月12日付プレスリリースより)
    • キリンHDによる、上級審サンパウロ州裁判所への異議申立てが認められ、市裁判所による命令を取り消す旨の決定が下される。
  • 2011年11月4日(キリンHDによる2011年11月4日付プレスリリースより)
    • キリンHDは、スキンカリオールの発行済株式総数の49.54%を保有するジャダンジル社の全持分を取得する持分譲受契約を締結
      • 具体的には、上記アレアドリ社からの取得を含め、これら株式の保有のみを目的とするキリンホールディングス・インベストメンツ・ブラジル(SPC)を通じ、ジャダンジル社の株式を保有する3人のマネージング・パートナー(ダニエラ・マリア・スキンカリオール・メディナ、ジョゼ・アウガスト・スキンカリオールおよびジルベルト・スキンカリオール・ジュニア)からその保有株式を総額23.5億レアル(約1,050億円)で取得
      • 正確にいうち、アレアドリ社売主2名及びジャダンジル社売主2名による直接保有分の取得(0.01%未満)とあわせて、キリンHDがスキンカリオール社株式を100%保有することとなる。

  • 2015年12月21日
    • 減損発表
      • ブラジル経済の悪化を背景とした消費の停滞及び競争の激化、現地通貨安の更なる進行、当年度の大幅な販売数量減少、及び足元の利益水準の低下を反映し、ブラジルにおけるIFRS(国際会計基準)に基づき資産価値の再評価を実施。
      • 21日現在、監査手続き中、ブラジルキリン社取得に伴い生じたのれん等につきまして、減損損失の発生の見込み - 3,881百万レアル(約1,412億円、為替レート:36.38円)
      • 2015年12月21日の毎日新聞Websiteによると、「21日に記者会見した溝内良輔常務執行役員(ブラジル事業担当)は「買収時はブラジル市場が伸びると見ていたが、楽観的だった。景気が減速しても拡大戦略を続け、アクセルを空ぶかしする状況だった」と対応が後手に回ったことを認めた。

        今後は生産縮小などで19年までの黒字化を目指す。ただ、ブラジルは、中国の景気悪化で鉄鉱石などの輸出が低迷。経済成長率はマイナスが続いており、キリンの狙い通りに改善が進むかは見通せない。会見に同席した伊藤彰浩取締役は「売却や撤退も選択肢として全く考えないわけではない」と述べた。

        キリンHDは15年12月期の営業利益予想も従来の1300億円から1220億円に下方修正した。ブラジル子会社の販売不振が主因だ。ただ、15年の国内のビール販売数量が21年ぶりに前年実績を上回る見通しで、国内主体の営業利益は大きくは落ち込まない。

         しかし、国内市場全体が縮小傾向にある状況は変わらず、海外市場の重要性は高まっている。キリンHDは東南アジアなどで企業買収、投資を積極的に進めてきたが、海外事業のリスク管理が今後問われそうだ。」とされる。

II – 考察:どうすればキリンHDの損失は免れることができたのか?または少なく出来たのか?

先買権の行使の機会を与えなかったとも争われた本件一連の取引であったが、結果としては、キリンHD側が全てを引き取る形で、一旦の訴訟自体は収まっている。

外部にいるものとして、当該取引がどのように進んでいったのか、外部公表資料以上の事実はないのだが、キリンと第一売主群・第二売主群の3グループ間で、第一売買までの間に十分な議論があったのかが疑わしい。もちろん、この案件はビッド案件(入札案件)だったと推察され、一定の情報が遮断されたまま行われたこともあるのだろうが、第一売主・第二売主間の関係性を疑う事情はなかったのだろうか、先買権行使のリスクについてどれほどまで理解してこの案件が進まれていたのか(後付で物事を判断するのは楽なのだが…ブラジル経済がある種ピークに近かった2011年に行われた案件ということもあり)、現地法律事務所に確認しているとの記載は各プレスリリースにあるものの、現地法律事務所との関係も含め、押せ押せドンドンで進んでいたのではないかと邪推してしまう・・・。

ブラジル – M&A:エスクロー

ブラジルでは、米国に習う形で、M&Aの契約時において、エスクローを結ぶことが多いと聞いている。ブラジルにおいては、売主は創業者一族等個人であることが多く、当該株式自体が売主の最大の資産である事例も少なくないことも、エスクローがよく用いられることの原因のように思う。

エスクロー(escrow)は、端的にいうと、商取引の決済に際して、当事者が、取引代金や譲渡の目的物を直接相手方に交付せず、中立的な第三者(主に金融機関)を通じて決済を行うことにより、売買代金の支払や調整等を円滑に行う仕組みのことをいう。

  • 第三者預託とも訳すことが可能だが、エスクロー制度は、米国では法定されている制度であって、これを日本語のように単に「第三者」に「預ける」という制度と誤解されるということを避けるため、ここでは、敢えてカタカナ読みのエスクローということで整理をする

エスクローの一例をここに示す。なお、エスクローは売買代金の支払いと密接不可分であるので、売買代金の一例ともあわせてここに記すので、いささか長めの説明となること、ご理解いただきたい。加えて、下記は、エスクローの大要を示しているものに過ぎないので、契約書の文言としてそのまま利用するには不適切な部分があることに注意されたい。

  • 売買代金
    • 本件株式売買の「売買代金」は、[100万]レアルとする。「売買代金」は、以下の「資本評価」によるものとする。
      • 「資本評価」=「企業評価」-○年末時点の「ネット負債」
      • 「クロージング時資本評価」=「資本評価」-「差分ネット負債」+「差分ワーキングキャピタル(運転資金)」-「CAPEX(いわゆる設備投資・不動産の価値や耐久年数を延ばすための経費)」-「その他取引費用」
      • 「差分ネット負債」=クロージング時の「ネット負債」と○年末時点の「ネット負債」の差分
      • 「ネット負債」=借入金-現金等
      • 「差分ワーキングキャピタル」=クロージング時のワーキングキャピタルと平均ワーキングキャピタルの差分
      • 「差分売買代金」=「クロージング時資本評価」-「資本評価」
    • 対象会社は、「クロージング時資本評価」をクロージング後[60日]以内に算定する。売主および買主はそれぞれこれら算定に関する会議等にいつでも参加させることができる。「クロージング時資本評価」につき、疑義がある場合は契約上記載の一定の手続を踏まえて、これを修正することができる。
  • 支払期日
    • クロージング日において、買主は(1) 「売買代金」から「エスクロー代金」および「売買調整代金」を差し引いた金額を所定の売主の銀行口座へ振り込むとともに、(2) 「エスクロー代金」および「売買調整代金」をエスクロー口座へ振り込むものとする。
      • 「エスクロー代金」および「売買調整代金」はあらかじめ決まった一定の金額。ここでは例として、エスクロー代金を20万レアル・売買調整代金を5万レアルとする。
    • 両当事者は、下記内容を有するエスクロー契約を締結することに合意する。
      • 「差分売買代金」が正の値の場合、「クロージング時資本評価」決定後○営業日以内に、「売買調整代金」は直ちに売主に渡されるとともに、買主は当該「差分売買代金」を所定の売主の銀行口座に対し、振り込むものとする。
      • 「差分売買代金」が負の値の場合、「クロージング時資本評価」決定後○営業日以内に、売主は「売買調整代金」と調整のうえ「差分売買代金」を所定の買主の銀行口座に対し、振り込むものとする。
      • 買主が、補償条項にトリガーする事情により損害を被った場合、両当事者は、エスクロー・エージェントに対し、書面による通知(当該損害発生の事実および損害額の記載を含む)を行う。当該通知の受領より○営業日以内に、前記損害額と同額をエスクロー口座より引き落とすものとする。
      • 毎年エスクロー契約締結日において、エスクロー・エージェントはエスクロー代金の△%に相当する金額を売主に渡すものとする。ただし、ここで売主に渡される金額から、買主から売主に対し補償に関する通知が既に行われているものの金額は除かれるものとする。
      • エスクロー契約締結後○年後、エスクロー・エージェントはエスクロー代金の全額を売主に渡すものとする。ただし、買主から売主に対し補償に関する通知が既に行われているもののうち、両当事者間で合意済みなものまたは本契約に従い訴訟・仲裁等により最終的な判断を受けているものについてはこの限りではない。
        • ここでいう「○年」は時効の期間等を考慮し、5年とされる事例が多いと伺っている。

Capture

上記例を前提とした事例の説明

  • クロージング日において、買主は、100万レアルからエスクロー代金20万レアルおよび売買調整代金5万レアルを差し引いた75万レアルを売主の銀行口座に振り込み、25万レアルをエスクロー口座に振り込む。
  • クロージング後、「クロージング時資本評価」が定まった場合、「資本評価」との差分である「差分売買代金」につき、売買調整代金5万レアルと調整のうえ、買主・売主間で清算する。
  • クロージング後であっても補償等問題が生じるが、これはエスクロー口座を通じ、売主による補償を担保させる。エスクロー口座を通じた支払関係と契約上の補償手続はリンクすることが多いので、これらの整合性をきちんと整えておくことも肝要である。
  • エスクロー口座に振り込まれた一定金額は、毎年調整されていく。

ブラジル – 企業結合規制

ブラジル企業等の買収において、ブラジルの企業結合規制はスケジュール等に大きな影響を与えることから当初のとっかかりとして、注意すべき点の一つである。

I – 企業結合規制の概要

新ブラジル競争法(法2011年12529号)は、2012年5月29日に施行された。本法律による大きな改正点は、企業結合規制が設けられたということにある。これは、CADE(「カジ」と呼ばれる – the Administrative Council for Economic Defense)による監視のもと、現在のM&Aの実務に大きな影響を与えている。

(1) 競争法上の届出義務が生じる事業規模

義務的に競争法上の届出書をCADEに対し提出しなければならない事業規模(filing thresholds)としては、以下の2要件を満たす場合である。

  • 一つの経済グループの届出直近事業年度のグロス・レベニュー(粗利益)が750百万レアル以上の場合
  • 他方の経済グループの届出直近事業年度のグロス・レベニュー(粗利益)が75百万レアル以上の場合

過去のCADEでの事件例等(Case No. 8700.004943/2013-59やCase No.0700.00258/2013-53)によると、売主・買主の双方がどちらかの要件を満たさなければならないとされている。

なお、最近日本企業が関与した案件としては、沖電気が買収側として関与した事案(Case No.0700.00258/2013-53)があり、沖電気がItautecの設立した新会社の70%の議決権を買収するという案件(2013年6月17日付けで官報にて公表されている)である。

「economic group」の意義は、CADEによる決議2012年2号によれば、以下のとおり定義されている。

  • 支配権を有していること
  • 共通の支配下にいること
  • 直接・間接に共通の支配下に置かれ、20%以上の議決権を保有されていること

投資ファンドに関して、上記決議は、以下のようなものは一つの「economic group」に属するとしている。

  • 当該ファンドのスポンサーまたはマネージャーであること
  • 当該ファンドの株式等を直接・間接に20%以上保有していること
  • 当該ファンドのスポンサーまたはマネージャーに運営されているファンドのすべて
  • 当該ファンドのポートフォリオ内の会社であって、直接・間接に株式等を20%以上保有されているもの

2014年2月19日に出された公開協議録(Consulta Pública)第1号もこれに触れているので、あわせて参考にしていただきたい。

(2) 届出の対象となる「集中」させることとなる取引

競争法第90条によれば、「集中」とは以下のことをいう。

  • 従前独立した二つ以上の企業体の合併
  • 一つ以上の企業体の直接・間接の買収(株式取得か資産取得か否かを問わない)
  • その他合弁契約等企業結合に関する契約。但し、行政機関より指定された一定の手続きを経るものはこれに含まれない

また、少数「株式の取得」に関し、2012年第2号決議は以下の取引に関しては、届出の対象となるとしている。

  • 当該買収により、ターゲット会社の最大株主となる場合
  • 単独株主からの20%以上の株式または議決権の取得であって、単独の買収者が少なくとも20%の議決権を保有することになる場合
  • 単独株主からの20%以上の株式または議決権の取得であって、当該買収が支配株主によりなされている場合
  • 20%以上の株式または議決権の取得であって、各当事者になんらの関連性がない場合
  • 5%以上の株式または議決権の取得であって、各当事者になんらかの関連性がある場合(ここでいう「なんらかの関連性」というのは、各当事者が競合企業であったり、またはその事業が実質的に関連する同一市場内にて行われるものであった場合のことをいう)

また、「企業結合に関する契約」に関し、2013年、CADEは共同開発兼ライセンス契約を締結したMonsato Corporationに対し、届出の対象となる取引か否かはケースごとに検討されるべきといいつつも、当該契約当事者に各当事者が競合企業(同一市場での競争者か否か)であるか否かの確認および実質的に関連するか(各当事者の事業に密接関連する市場シェアが20%以上あり、当該市場が他の当事者の市場に関連するか否か)の確認をするよう等判断した。

ほかにも問題となりうる契約は種々ありうるが、いずれにせよ、競合企業間で行われる契約や、各当事者の事業に密接関連する市場シェアが20%以上ある場合には届出の要否について慎重に検討すべきといえるだろう。

(3) 届出等に関する違反があった場合の罰則

新ブラジル競争法(法2011年12529号)第40条によれば、CADEに提供すべき情報につき、適宜提出できなかった場合は、1日あたり5000レアルの罰金であり、虚偽情報の提出があった場合には、1日あたり5000~5百万レアルの罰金となる。

また、これに加え、虚偽情報に基づき、競争法上のクリアランスが出されたということが後日発覚した場合、60,000~6百万レアルの罰金が科せらるとともに、これに関与した当事者への調査が開始されることになるであろう。

II – 実務の概要

(1) 所要期間

2013年、CADEは比較的単純な事案に対しては平均して18日でその調査・レビューを終えている。これに対し、複雑な案件については、34日から217日でその調査・レビューを終えている。

(2) Merger Control Agreement

届出をした後、CADEより、Merger Control Agreement等の交渉がCADE(またはGeneral Superintendency – GS)よりもちかけられることがある。新競争法施行より、2014年5月までの間に、4つの案件がMerger Control Agreementの締結を条件に許可された。そのうち、二つの案件について、経過とともに紹介しよう。

最初の案件は、Ahlstrom CorporationとMunksjöとの案件(製紙分野)である。2013年4月26日、GSは、Administrative Tribunal for Economic Defenceに対し、Merger Control Agreement締結の条件を付けるべきとの意見を提示し、翌月5月22日、Tribunalはこの意見を受け入れた。

二つ目の案件は、Syniverse Holdings, Inc.によるWP Roaming III Sárlの買収(データ・エクスチェンジ市場分野)である。2013年3月3日、GSが意見を出し、翌々月5月22日、Tribunalはこの意見を受け入れた。

(3) ガンジャンピング

(スタートの前に飛び出してしまうという)フライングの意味をとるガンジャンピングだが、競争法との関連では、競争法上のクリアランスを取る前に企業結合が生じてしまっていることを意味し、競争法違反とされてしまう。たとえば、企業結合前にデューデリジェンスを行うことがあるが、それによる情報交換が競争法上の禁止する価格カルテル等価格に関する合意またはそれに類する行為としてとられてしまうことがあるというこである。

2013年8月に、CADEが判断した最初のガンジャンピングに関する事案が、OGX Petróleo e Gás SAとPetróleo Brasileiro S/A – Petrobrasの案件である、OGXはこの案件により、3百万レアルの罰金を支払っている。

 

 

 

ブラジル – M&A:全体目次

ブラジル・M&A関連の投稿の目次

(1) ブラジル – M&A全般

(2) 日本とブラジルのM&Aの比較

(3) ブラジルに投資するに当たって

(4) 外国為替・対内直接投資等規制

ブラジル – M&A(2):デューデリジェンス

目次

  • デューデリジェンス・プロセス
  • Limitadaの買収
  • S.A.の買収(上場・非上場の場合)
  • 独占禁止法との関係(企業結合規制)
  • 株主間契約との関係(その規定の具体例とともに)

デューデリジェンスは、ビジネス分野、財務、会計、そして法務の分野でそれぞれ行われることが通例である。

  • ブラジル – M&Aの関連当事者

この点、日本では中堅会計事務所と呼ばれるところが財務・会計分野での業務を担当することも多いのだが、ブラジルでは圧倒的に四大監査法人が行っている場合が多い(私の個人的肌感覚で言うと95%以上)。

2015年-2016年にかけて、ブラジル経済が不安定ということもあり、「売り」のビッド案件が非常に多くある状況で、その傾向は2017年ころまでも続きそうだ。そうなると、ビッドの交通整理をするための、フィナンシャルアドバイザー(これも四大監査法人が担当することがある。もちろん、一方当事者のアドバイザーと兼業ということはありえないので、その点はご安心を)が入る。

1stビッドで、ノンバインディングのオファーレターを提出し(この時点ではビッドを買ったとしても、複数の買い手候補者がいるのが通例)、2ndビッドで、バインディングのオファーレターを提出する(このビッドを買った時点で、唯一の買い手候補者となるのが通例)という流れだ。

  • 法務デューデリジェンス

法務のデューデリジェンスというと、以下のパートに分けられることが多い。

  • 会社概要
  • 財務関係書類(銀行とのローン契約等)
  • 契約関係
  • 許認可
  • 訴訟
  • 税務
  • 労務
  • 環境
  • 不動産
  • IP
  • 保険
  • コンプライアンス(賄賂等腐敗防止法関連を含む)

ブラジルのTOPと言われているローファームでは、これらを全て逐一各分野のエキスパートに仕事を分配する(たとえ、小さな案件であっても)。なので、デューデリジェンスにかかわる法律事務所の陣容はかなり膨れ上がる。各分野には最低2人以上のエキスパートが振り分けられることが多いことからすれば、おのずと総計は20人以上となるだろう。(なお、費用の点については、複数の法律事務所より見積もりを取るとともに、キャップを設ける等よく事前に相談しておいたほうがいいだろう。)

なお、ここでいうエキスパートと言っても、インターン生を含む。ブラジルの法律事務所では、インターン生を多く抱えているのが通常なのだ。インターン生とは、ロースクールの学生であり、パートタイムジョブである(学習に専念すべきということで、法律上の制限として一日6時間以内の就業といった制限が課せられている)。

イニシャルレポートを最短で(資料の提出があってから)1~2週間ほど、最終レポートの提出は1~2ヶ月ほど見るのが通常のスケジュールであろう。また、ブラジルの法令は複雑で、なかなか遵守が難しいということもあり、多くの法令の問題点が見つかることがあることから、DDレポートは(日本企業のそれに対し)分厚くなることが多く、100頁を超えることがほとんどであろう。

  • 対象会社の現状(2015年・2016年雑感)と、それを踏まえての対応策

ブラジルの会社は、いまだにオーナー会社が多く、場合によりDDのQ&Aの対応に慣れていないことが多く、法令の問題点が多く見つかることも多い。日本語での対応など出来るわけもなく、英語での対応もおぼつかない例が少なくない。契約交渉段階で、別紙のドラフト作成は大抵事情の詳しい対象会社側(又は売主側)にゆだねられることが多いのだが、この提出が非常に遅れ、それが原因のため、交渉が破談となるケースも見受けられる。

また、スケジュールの策定も非常に大事なポイントだ。対象会社・売主側とのスケジュールに関する温度間の差に関し、買主側は、(当初のキックオフのときに確認したら満足するのではなく、)FA等を通じて逐次把握しておいたほうがいいし、法律事務所等外部アドバイザーにそのような点についても逐次質問しておいたほうがいい(資料の出の状況はどうか、Q&Aセッションの状況はどうか、協力的か非協力的かといったニュアンスも含む)。DD期間が始まったら、法律事務所・会計事務所と交えて、またはそれぞれ別個に、週時での電話会議等口頭での報告を求めるのも一案だと思う。