ブラジル – 担保物権(基礎)

ブラジル担保法制・担保権(security interest)について触れてみる。ブラジルの不動産に関する担保には、抵当権(Hipoteca)や譲渡担保(Alienação Fiduciária)といったものが代表的なものとして挙げられるところ、これらについて触れてみるとする。

担保権に関する英語と日本語の訳をうまく使い分けることも難しい。例えば、M&Aの契約(株式譲渡契約)上の表明保証の文脈で、以下のような実例があるところ、どう訳すのが適切かどうかふんふん悩むというのが、私の経験上よくあった。

Seller is the lawful owner of all the Company’s Stock, free and clear of all security interests, liens, encumbrances, pledges or other charges.

(仮訳)売主は、いかなる担保権、リーエン、負担、質権またはその他の担保権の設定がない状態で、本件会社株式の全部の合法的所有者である。

と、仮訳をささっと書いてみたが、lienを「リーエン」と訳するのが適切なのか、日本法上「リーエン」も「負担」などという用語も存在せず、どちらかといえば先取特権等にした方がいいのではないか、いやはや、そもそも訳として成立していないのではないかや、chargesとsecurity interestsを同じ「担保権」と訳してしまっているのだがそれで問題ないかと悩みはつきない。

ということで、まずは英法における担保権について日本法と比較しながらごく簡単な説明を加えたうえで、ブラジル担保法制について触れていくこととしよう。

はじめに – 英法における担保法制(9種類の財産的担保の説明)

基本的用語について自己の備忘も兼ねて記載しておこう。

  • 担保権の設定(成立)はattachment
  • 担保権の対抗要件はperfection
  • 担保権の優先順位はpriority
  • 抵当権はmortgageと訳されることが多い。もっとも、英国法にいうmortgageは日本法上では抵当権というよりも譲渡担保に近くその用法には注意が必要である
  • 質権はpledgeと訳されることが多い

(あ) コモン・ロー法上の譲渡抵当または受戻権(true legal mortgage or equity of redemption)

  • 資産が担保権者に債務の担保として譲渡(通常、権限が譲渡されることが必要)されたが、当該債務が履行されたときには当該資産の返還を受ける権利(受戻権)を担保権設定者が有している場合のものをいう。
    • 債務不履行が生じたときは、(1)受戻権喪失(foreclosure)を行うことができ、(2)当該資産を売却(競売等)することができ、または(3)当該資産の管財人(receiver)を選任することができる。(1)による処理は稀であって、(2)によることが多いと言われている。
    • イングランドでは、コモン・ロー上の譲渡抵当は廃止され、制定法上の譲渡抵当に置き換わっている。
  • 日本法上の譲渡担保(security interests by way of assignment or security assignments)は、債権担保のため、物の所有権を法律形式上債権者に譲渡して、信用授受の目的を達するもので、信用の授受を債権・債務の形式で残しておくものをいう(なお、信用授受を売買契約の形式で行い、債権・債務関係を残さないもの(買戻特約付売買や再売買の予約等)は売渡担保と言われる。また、仮登記担保(provisionally registered ownership transfers)や所有権留保(retentions of title)といったものが類似制度として挙げられる)。
    • 債務不履行が生じたときに、担保目的物から優先弁済を受けるために、他に処分しなければならないのを処分清算型、自己に帰属させるのを帰属清算型という。
    • 債務者が弁済期に弁済しなかったとしても、それをもって直ちに目的物が譲渡担保権者に帰属するわけではなく、譲渡担保権者が譲渡担保権の実行を完了するまでは、債務者は債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させ、目的物の所有権を回復することができる。
    • 日本法上の譲渡担保とコモン・ロー法上の譲渡抵当はよく似ているとはいえるが、運用として、受戻権による執行が主流であるとされているところが異なる。

*  仮登記担保は、不動産に関し、主として代物弁済予約または停止条件付代物弁済契約により行われ(担保目的物の法形式上の所有者は債務者または物上保証人)、所有権留保は主として動産に対し、売買目的物所有権の不移転により行われる(担保目的物の法形式上の所有者は債権者または売主)。

(い) 衡平法上の譲渡抵当 (equitable mortgage)

  • コモン・ロー法上の譲渡抵当が成立しなかった場合に、衡平の観点から成立するものであって、コモン・ロー法の譲渡抵当に比べ、善意の第三者である当該担保設定資産の譲受人に対し抵抗できない点や受戻権喪失といったコモン・ロー法上の譲渡抵当に整備されている権原が担保権者に与えられていないという点で劣る。

(う) 制定法上の譲渡抵当 (statutory mortgage)

  • 個々の制定法により記された譲渡抵当方法である(内容は上記(あ)のとおり)。
  • 日本法上、法律上当然に生ずる担保物権という意味での「法定担保物権」としては、留置権、先取特権が挙げられ、当事者間の設定行為によって生じる担保物権

(え) 衡平法上の固定担保権または売渡証 (fixed equitable charge or bill of sale)

  • 債務者の債務不履行時に、特定の資産を引き当てとする担保権者の権利であって、非占有型の担保権であり、イギリスでは、通常担保といえば、これを指す(もっとも、衡平法上の譲渡担保とほぼ同じといえるとされている)。
  • 日本法上の不動産に対する抵当権設定と近しいともいえよう。

(お) 衡平法上の浮動担保権 (floating equitable charge or floating charge)

  • 英法系の国で認められる企業担保の一種で、企業の動産を含む一切の財産に対し、担保権を設定するものの、企業が通常のビジネスの範囲内(ordinary course of business)でこれら財産を処分すること(floating)を認め、債務不履行など一定の自由の発生により処分を停止させて、特定担保物となる(crystallize)。担保財産の処分を認めるということもあり、通常担保力は弱く、主要固定資産に対する抵当権設定と併用されて補助的に使われることが多いイメージがある。日本の集合物譲渡担保と比べて、「一切の財産」と物的範囲としてはその効力が幅広く及ぶのに対し、特定の動産等に抵当を打たれた場合に劣後する等その効力の弱さが特徴的である。
  • 日本法上の根抵当は、担保物が一定で債権が変動するのに対し、浮動担保権は、債権が一定で担保物が変動する。
  • 日本法上の集合物(動産)譲渡担保は、種類、所在、量的範囲を指定するなど何らかの方法で目的物の範囲が特定されていることを前提に、集合物という一連の物を目的とする譲渡担保である(占有改定(民法第183条)により対抗要件具備)。

(か) 質権 (pledge or pawn)

  • 英国法上の質権は、占有を取得しないと設定もできず対抗要件も有しない(この点は日本法と同様)のだが、土地や債権その他の無体財産権については物理的占有が観念できないため、質権を設定できないとされている。
  • 日本法上では、不動産質(民法第356条)、権利質(民法第362条)も可能とされている。

(き) コモン・ロー上のリーエン (legal lien)

  • 「リーエン」というのは、いつも翻訳に困る。というのは適切な訳語がなく、説明が必要となるからだ。日本法でいえば、コモン・ロー上のリーエンは、担保権者が担保設定財産を占有することにかんがみ(なお、衡平法上のリーエンの場合、占有は要件とされておらず、この点から先取特権に近いともいえるかもしれない)、日本法上留置権に近いといえるのだが、同じとはいえない。

(く) 衡平法上のリーエン (equitable lien)

  • 例えば、代金未払いの売主の目的財産に対するリーエンは衡平法上のリーエンの一種であるとされる。
  • 日本法上の先取特権に近いといわれる。

(け) 抵当または輸入担保荷物保管証 (hypothecation or trust receipt)

  • 比較的まれな形態の担保権といわれている。担保物そのものを引き渡すのではなく、権原の証拠を差し入れるという形で行われるものである。
  • 日本法ではこのような概念はなかなか近しいものが見出しがたい。

 

I – ブラジル法における担保権

[不動産に対する担保手法]

ブラジル国内にある不動産について担保を取る場合においては、原則としてブラジル法が適用される(1942年法規則4657号)。ブラジル法において、不動産に対する担保の主な手法としては抵当権と譲渡担保の2種類が挙げられる。

(1) 抵当権:Hipoteca

抵当権は、民法(2002年法10406号)により規定されており、原則として、(1)公証人により準備され、(2)抵当権者(債権者)および抵当権設定者(必ずしも債務者である必要はない)により締結されたパブリック・ディード(Public Deed)により不動産に設定することができる(低額な場合は必ずしも公証人による必要はない)。

そして、一般には、当該Deed設定後、当該担保に関する書面を(当該不動産に存するところにある)不動産登記局へ 登録することにより、第三者対抗要件を具備することが出来ることとなる。ここでいう「担保に関する書面」には、債務金額または想定される最大の債務金額、返済期間、利率および当該担保に供される担保不動産の概要が記載される必要がある。また、そのほかに、期限の利益喪失事項が記載される。

(2) 譲渡担保:Alienação Fiduciária

信託による譲渡・売買とでも訳すべきであろうが、実態は日本でいう譲渡担保に近い。

信託による売買を設定するためには、(1) 書面により作成され、(2) 債権額、満期および利率(利率の設定がされている場合)ならびに担保物権の内容を記載する必要があるほか、(3) 執行方法、更には(4) 当該対象担保物権の評価価値についても記載する必要がある。なお、第三者対抗要件のためには、不動産登記局への登録が必要だというのは、Mortgage(Hipoteca)と同様であるが、パブリック・ディード(Public Deed)による設定は不要である。

譲渡担保においては、不動産の所有権は債権者に移転されるものの、一度債務が完済されたならば、所有権は自動的に原所有者の元に戻されることになる。

一般に抵当権より手続が簡便であって、原則として、債務者の倒産手続による効力から遮断される(但し、180日以内の場合はこの限りではない)というメリットがある。

[動産等に対する担保手法]

動産等(株式等を含む。)に対する担保においては、当該動産を保有する人・団体の本拠・本店所在地の法律が適用される。なお、ここでいう「保有」は事実上又は法律上のどちらでも構わない。この点、実務上よくある手続の一つとして、動産がブラジル国内にあるにも拘らず、債権者が海外に所在する場合には、担保エージェントを指名させ、動産の所在地を固定させるということが挙げられる。

動産等に対する主な担保手法としては、質権や譲渡担保が挙げられるが、動産等の場合は対象物により、具体的な手続が異なるので、留意が必要である。

II. ブラジル法における担保執行手続(債務者による支払いが遅れたらどうするか?)

(1) 質権や譲渡担保の場合

質権や譲渡担保の場合は、まず、債権者は債務者に対し通知をする必要がある。その後、直ちに競売が行われることはなく、当該譲渡担保資産が債権者名義に完全に切り替わることになる。なお、かかる質権や譲渡担保といっても完全な権利ではなく、債権額と担保物の評価額や他の債権者の存在等により、別途競売手続にかけられる可能性があることには留意されたい。

(2) 抵当権の場合

抵当権が実行された場合は、債権者は裁判所に対し強制執行手続を行うこととなり、原則として、裁判所による競売が行われ、それによる代金が、抵当権者に支払われ、その余が一般債権者に分配されていくことになる。

 

 

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